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宇都宮地方裁判所 昭和48年(ワ)292号 判決 1977年3月30日

原告

福田武

被告

持田満

ほか二名

主文

被告持田満は原告に対し、金四一九万五、五六六円、およびこれに対する本件判決言渡日より右支払済まで、年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告と被告持田満との間に生じた費用は同被告の、原告とその余の被告らとの間に生じた費用は原告の各負担とする。

この判決は原告勝訴部分につき、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は

被告らは各自原告に対し、金四二二万六、七六六円、およびこれに対する本件判決言渡日より右支払済まで、年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告ら訴訟代理人は

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求めた。

原告訴訟代理人は請求の原因をつぎのとおり述べた。

一  (事故の発生)

被告持田満は昭和四六年一一月二八日午後六時二五分ころ、宇都宮市石那田町一、八三六番地先国道一一九号線上において、普通乗用自動車を運転し、今市市方面から徳次郎町方面へ向けて、時速七〇キロメートルを超える速度で走行中、折から同道路上を通行していた原告の右自転車中央部付近に、右自動車前部を激突させ、よつて原告に対し骨盤骨々折、恥骨々折、脳挫創、頭部打撲症、および気管支肺炎などの傷害を負わせた。

二  (責任)

(一)  本件事故は、被告持田満が磨耗したタイヤを装備したまま、右自動車を高速度で走行させ、かつ前方注視義務を怠つた結果惹起したものであるから、民法七〇九条によりこれによつて被つた原告の損害を賠償すべき責任がある。

(二)  被告持田一郎は右自動車を保有し、自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法三条により、原告の被つた損害を賠償すべき責任がある。

(三)  被告斉川バネ製作所こと斉川幸蔵(以下被告斉川幸蔵という。)は、被告村田満を雇傭し、同被告がその業務に従事中、本件事故を惹起したものであるから、被告斉川幸蔵は民法七一五条一項により、これによつて被つた原告の損害を賠償すべき責任がある。

三  (損害)

原告は本件事故により、つぎのとおり損害を被つた。

(一)  治療関係費 金一六七万九、一二一円

1  治療費 金九九万六、〇四〇円

原告は本件事故による受傷のため、昭和四六年一一月二八日より昭和四七年一月二四日まで訴外松村病院へ、昭和四七年一月二五日より昭和四八年七月三〇日まで訴外今市病院へ各入院し、その後同訴外病院の医師の往診を受けて自宅療養をなし、結局訴外松村病院における治療費金三九万九、四四〇円、訴外今市病院における入院料・往診料など合計金五九万六、六〇〇円を要した。

2  入院雑費 金一三万一、七九〇円

原告は訴外松村病院において金四万一、七九〇円、同今市病院において金九万円(ただし、一日金五〇〇円の割合による一八〇日分)の各入院雑費を要した。

3  付添看護費 金五五万一、二九一円

原告は本件事故後右各訴外病院に入院中、および退院後自宅療養中本件訴訟提起に至るまで付添看護を要し、訴外松村病院において金二三万一、一二五円、同今市病院において金一六万二、六六六円、右自宅療養中金一五万七、五〇〇円(家族一人の日当金二、五〇〇円の割合による六三日分)を要した。

(二)  休業損害 金五〇万円

右は原告が本件事故により、椎茸栽培の稼働不能による一カ年分の休業損害である。

(三)  山林管理などの人夫費用 金三五万円

原告は本件事故により、その管理にかかる山林の手入をなすことができなくなり、昭和四七年一月一〇日より昭和四九年一一月三〇日まで、右山林手入人夫代として合計金三五万円を要した。

(四)  慰藉料 金二〇〇万円

原告は本件事故により重傷を受けて長期療養を余儀なくされ、多大な心身の苦痛を受けている。これを慰藉するには金二〇〇万円を必要とする。

(五)  弁護士費用 金三七万円

原告は、被告らが任意本件事故による損害の賠償をしないため、本件訴訟の提起を余儀なくされるに至り、原告訴訟代理人に訴訟委任をなし、謝金として右金額を支払うことを約した。

四  原告は自動車損害賠償責任保険から金五〇万円(内金三九万九、四四〇円を訴外松村病院の治療費に、内金一〇万〇、五六〇円を同訴外病院の付添看護費に各充当)、および被告から金一七万二、三五五円(内金一三万〇、五六五円を同訴外病院の付添費用残金に、内金四万一、七九〇円を同訴外病院の入院雑費に各充当)の支払を受けた。

五  よつて、原告は被告らに対し、各自右損害残金四二二万六、七六六円およびこれに対する履行期の後である本件判決言渡日より右支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告持田満の抗弁事実を否認する。

と述べた。

被告ら訴訟代理人は請求原因に対する答弁として

一  請求原因一項の事実中、本件事故の態様および原告の受傷中気管支肺炎の傷害を受けたとの点は否認する。

本件事故は、被告持田満が自動車を時速五〇ないし六〇キロメートルで運転走行中、原告が無灯火の自転車に乗り、道路左側から右側へ横断通行したため惹起されたものである。

なお、原告が罹患した気管支肺炎は本件事故と因果関係がない。

原告その余の受傷の部位、程度は知らない。

その余の事実は認める。

二  同二項の事実中、被告持田満が同斉川幸蔵の従業員であることは認める。

その余の事実は否認する。

殊に被告持田満運転の前記自動車は、被告持田満の所有に属し、被告持田一郎の所有に属しない。

本件事故は被告持田満が休日を利用して自動車で遠出をなし、その運転走行中惹起したものであるから、被告斉川幸蔵の業務中の事故とはいえない。

三  同三項の事実中、訴外松村病院関係の治療費、付添看護費、入院雑費は認める。その余の事実は知らない。

四  同四項は争わない。

五  同五項は争う。

と述べ、被告持田満の抗弁としてつぎのとおり述べた。

本件事故は、原告が無灯火であつたため、被告持田満の発見を困難ならしめ、さらに原告が酒気を帯びていたことから注意力が低下し、同被告運転の右自動車が約三〇メートル手前に迫まつているにもかかわらず、右方の注意義務を怠つた結果惹起したものであるから、原告にも重大な過失があるものというべく、その損害額算定に当り、この点十分斟酌さるべきである。〔証拠関係略〕

理由

一  請求原因一項の事実中、本件事故の態様、および原告の受傷の部位、程度の点を除き、その余の事実は当事者間に争いがない。

成立に争いない甲一四〇ないし一四五各号証、および証人小川俊夫の証言、ならびに被告持田満本人尋問の結果を総合すると、被告持田満は被告斉川幸蔵方に勤務していた者であるが、同勤務先の代休日であつた本件事故当日、同勤務先の同僚である訴外小川俊夫を、自己運転の普通乗用自動車に同乗せしめて運転走行し、五十里ダム方面へ遊びに赴いたものの時刻が過ぎて、夕闇が迫つて来たため帰路に着き、通称日光街道上を自車前照燈を「近目」にしながら、時速約七〇ないし八〇キロメートルで走行して本件事故地点手前に差しかかり、約四〇メートル前方の道路左端付近(北側)に自転車と共に通行する原告を、単に黒味がかつた移動物体と認めて、急制動措置を施したが及ばず、原告に衝突して自転車と共に約八・六メートル前方に転倒せしめたものであること、本件事故地点付近の日光街道は両側端に有蓋側溝が設置され、これを除いて幅員約七・三メートルの道路で歩車道の区別なくアスフアルト舗装がなされ、見通し状況良好な直線道路であり、車両の制限速度毎時六〇キロメートルと規制されているものであること、そして本件事故地点は道路北端から南側へ約二メートル入つた地点であり、道路北側有蓋側溝上付近に長さ約五メートル、直経約五〇センチメートルの丸太三本が放置されて、有蓋側溝上右部分の通行の障害となつていること、さらに本件事故地点付近には、被告持田満の自動車の印したものと目される、約三〇メートルの鮮明なスリツプ痕が残されていたこと、ところで、原告は本件事故遭遇前、本件事故地点から東寄り、かつ道路北側にある鮮魚商の訴外福田春吉方から出て、道路北側を西方へ自転車と共に通行して間もなく、本件事故に遭遇したものであり、原告の自宅は右訴外福田春吉から約二キロメートル右道路を西方に辿つた道路北側に位置していること、そして原告の右自転車の前照燈は発電燈であるが、被告持田満は勿論助手席に同乗していた訴外小川俊夫においても、本件事故直前において原告の右自転車の灯火を現認することができなかつたものであることなどの諸事実が認められ、証人小川俊夫の証言中右認定に反する部分は、前顕その余の証拠に対比し措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実を総合すると、原告は日光街道北側に面する訴外福田春吉方を退去してから、他に特段の事情がない限り右街道北側に同様位置する自宅に帰るため、右街道北端を西方に辿つて通行して間もなく、道路北側有蓋側溝上付近に放置されている右丸太のため、これを除けて通行すべく、自転車を曳行して道路北端から幾分南側に迂回して西方へ歩行中、本件事故に遭遇したものと推認するに吝かではない。

したがつて、原告は本件事故当時横断歩行をしていたのではなく、かつ右自転車を曳行していたため、その発電式前照燈も、本件事故直前において、十分点燈し得る状態になかつたものと推認される。

なお、被告持田満運転の右自動車のタイヤが、本件事故当時磨耗していたものと認め得べき証拠はない。

さらに被告持田満は、原告が本件事故当時飲酒していた旨主張し、同被告本人尋問の結果中これに副う供述部分もあるが、証人福田春吉および同福田茂郷の各証言に照らして措信し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

つぎに証人矢尾板義人の証言、およびこれによつて真正に成立したものと認め得る甲九五号証、成立に争いない同一四二、一四三各号証、ならびに証人福田茂郷の証言によれば、原告は本件事故当時満七一歳の老齢に達していた者であるが、本件事故遭遇前、健康状態に別段問題とすべき点もなく、山林約三五町歩を自ら手入れするなどして管理し、かつ椎茸の栽培などをなしていたが、本件事故により骨盤骨々折、恥骨々折、頭部打撲症、および脳挫創の重傷を受けて、意識障害を生じ、その治療経過においてさらに肺炎を併発して、その年齢から従前より罹患していたものと推測されるが、治療するまでに至らなかつた軽度の慢性の気管支炎を悪化させてこれらを反覆させ、本件事故後約一年半経過した時点においては、意識障害強く、呼ばれれば一言二言答える程度であり、歩行ならびに起床不能の状態にあり、さらに慢性の気管支炎および肺炎の治療を反覆しながら、その後約三年半経過した時点(昭和五一年一一月現在)において意識殆んどなく、自力による食物の摂取、排尿、排便不能の全く廃人同様の状態にあることが認められる。

右事実によれば、慢性の気管支炎、および肺炎についても本件事故によるものというべく、その因果関係は肯認し得るものというべきである。

二(一)  前記認定事実によれば、本件事故は被告持田満が自車前照燈を近目にしたまま、制限速度を約一〇ないし二〇キロメートルを超過する高速度で、歩車道の区別のない道路を疾走せしめた過失により惹起したものというべく、被告持田満は民法七〇九条により原告の被つた損害を賠償すべき責任がある。

なお、原告は本件事故直前の通行状態につき、別段責められる点なく、本件事故の発生は、すべて被告持田満の過失によるものといわなければならない。

(二)  成立に争いない甲四号証、乙三号証の一、二、同四号証、被告持田満本人尋問の結果、およびこれによつて真正に成立したものと認め得る乙一号証の一、二、同二号証、ならびに被告持田一郎本人尋問の結果によれば、被告持田満が本件事故当時運転していた普通乗用自動車(トヨペツト・栃五ぬ四八六四)は、同被告が昭和四五年九月六日訴外シイナ自動車販売株式会社から代金八万円、支払方法二〇回の分割支払いとし、これに見合う約束手形二〇通を振出し交付し、その代金全額の支払いあるまで同訴外会社に所有権を留保して売渡し、その後同被告において右自動車を使用し、かつその分割金も滞りなく支払いを完了したものであること、そこで右訴外会社は昭和四六年二月ころ被告持田満に対し、名義変更すべく同被告宅に係員を赴かせ、これに必要な発行日から三ケ月以内の同被告の印鑑証明の交付を求めたところ、同被告はこれを取寄せていなかつたため、たまたま当時同居中の同被告の実兄である被告持田一郎が、同被告自身の別の自動車購入のため下付を受けていた、右期間内の印鑑証明を有していたことから、便宜これを右訴外会社係員に交付し、その結果被告持田一郎名義に登録されたものであること、しかしながら右トヨペツトはその後も被告持田満において専ら管理ならびに使用をなし、昭和四六年七月六日自動車損害賠償保障法に基づく保険料も、同被告が被告一郎名義で納め、その後右名義を被告持田満に変更して、昭和四七年度の自動車税を、同被告において納付していることが認められる。

右事実によれば、被告持田一郎は本件事故当時、単に名義を貸与していたにすぎず、その自動車の保有者は、被告持田満であり、かつその運行供用者も専ら同被告であつて、被告持田一郎は右自動車に対する何らの運行支配、ならびにその利益も有していなかつたものとみるべく、したがつて同被告は、自動車損害賠償保障法三条にいわゆる運行供用者とはいえないから、これに基づく責任を問えないものというべきである。

(三)  前記認定のとおり、被告持田満は勤務先である被告斉川幸蔵方の代休日に、自己の保有する乗用自動車で遊びに赴いた帰路、本件事故を惹起したものであり、かつ証人斉川幸蔵の証言によれば被告持田満は日常通勤に右自動車を使用していたが、被告斉川幸蔵方の業務のため、右自動車を使用に供していなかつたことが認められる。

したがつて、本件事故は被告斉川幸蔵方の業務執行中に惹起されたものと認められないから、同被告は民法七一五条一項による責任を負わないものといわなければならない。

三  請求原因三項の事実中、原告の訴外松村病院関係の治療費、入院雑費、および付添費用については当事者間に争いがない。

成立に争いない甲九八ないし一〇三、一一〇ないし一一五、一三九ないし一四五各号証、証人福田茂郷の証言、およびこれによつて真正に成立したものと認め得る甲五ないし九七、一〇四ないし一〇九、一一六ないし一三八各号証によれば、原告は昭和四七年一月三一日以降昭和四八年七月三〇日まで訴外今市病院へ入院し、その後自宅療養中であるが、同訴外病院の入院料合計金四六万七、〇〇〇円を要し、その後自宅療養中今日まで、原告主張の合計金一二万九、六〇〇円をはるかに超過する往診料の支出を余儀なくされていること、訴外今市病院入院期間中一八〇日につき、一日金五〇〇円の割合による合計金九万円を要し、右入院期間中、前記のとおり脳挫創などによる意識障害があり、かつ慢性の気管支炎、および肺炎を反覆して、運動機能を殆んど喪失していることなどから、原告の付添看護が不可欠であり、付添婦に対し合計金一三万八、九六六円の支払をなしていること、その後自宅療養に入つてからも廃人同様の状態にあるため、右入院中における付添看護に優るとも劣らない付添看護を必要とし、昭和四八年八月以降今日まで継続して原告の妻が専心付添をなし、その手当として一日金二、〇〇〇円(ちなみに訴外今市病院における前記入院期間中の付添看護婦の一日の手当は金二、二一〇円である。)とするのが相当であり、右退院後本件訴訟提起日である昭和四八年九月二九日まで合計金一二万円の付添手当を要していること、原告は本件事故前身体にさしたる異常もなく、満七一歳に達する老齢とはいえ、自ら椎茸栽培をなし、昭和四六年度において金七八万円の収入を得ていたのであるから、昭和四七年度において少くとも金五〇万円の収入を得られたはずであり、他に特段の事情のない限り同額の損害を被つているものとみなすのが相当であること、さらに原告は本件事故前その管理にかかる山林約三五町歩を自ら手入れするなどして維持管理していたが、本件事故により、原告主張の期間訴外木村サイにその手入を依頼して、管理費用金三五万円の支払をなし、結局同額の損害を受けているものであること、そして原告は前記のとおり本件事故により長期療養を余儀なくされ、最早回復不能な廃人同様の状態にあり、多大な心身の苦痛を被つているものというべく、これを慰藉するには少くとも原告主張の金二〇〇万円を必要とするものであること、そして、弁論の全趣旨によれば、原告は請求原因三項(五)記載のとおり、原告訴訟代理人に対し、弁護士費用を支払うことを約していることが認められる。

四  請求原因四項の事実は当事者間に争いがない。

五  以上のとおりであるから、原告は本件事故により治療費金九九万六、〇四〇円、入院雑費金一三万一、七九〇円、付添看護費金五二万〇、〇九一円、休業損害金五〇万円、山林管理費用金三五万円、および慰藉料金二〇〇万円の合計金四四九万七、九二一円の損害を被つているほか、原告が支払義務ある弁護士費用金三七万円についても、その全額を損害金として請求し得るとするのが相当である。

よつて、その合計金四八六万七、九二一円より、右既払の合計金六七万二、三五五円を差引き、金四一九万五、五六六円の損害残金、およびこれに対する履行期到来後である本件判決言渡日より右支払済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、原告の請求は理由があるからこれを認容し、原告その余の請求は理由なく失当というべくこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、原告勝訴部分に対する仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 相良甲子彦)

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